ささやき橋伝説
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戦国時代の終わり、毛利氏に滅ぼされた尼子氏の家臣山中鹿之助は、主家の再興を願い兵を挙げましたが1578(天正6)年高梁川阿井 の渡で討たれました。静願寺に本陣を敷いていた毛利輝元や、室町幕府最後の将軍足利義昭は鹿之助の首実検をしました。岡山県の阿井の渡には胴塚があります。 〈ささやき橋伝説〉 応神天皇の頃、百済よりの使節の接待役、竹内臣和多利と官妓、江の浦は役目を忘れ夜毎この橋で恋を語り合っていました。それが噂になり二人は海に沈められました。それから密語の橋と語りつがれています。 引用:鞆のささやき橋ガイド |
大河ドラマ「毛利元就」でも紹介されたこの橋は、鞆の町並みにあります。刻まれた文字は当時のものかは解りませんが、今もこうして現在に残っているのに驚きました。小さな橋ですが、当時はきれいな川が流れていたのでしょうか、周辺は石畳になって、毎年多くの観光客が足を運ぶそうです。 |
撮影2003年2月25日
更新日2003年2月27日
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